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熱海の街の混沌を アートによって再解釈する

〜アーティスト・百瀬文×森美術館キュレーター・椿玲子×ATAMI ART GRANTディレクター冠那菜奈 ATAMI ART GRANT特別企画トークイベント レポート〜

「ATAMI ART GRANT 2023」にて、遠隔にいる作家自身の体温と同じ温度の白湯を鑑賞者が飲むことができるというインスタレーション作品《Melting Point》を展示したアーティストの百瀬文。その展示会場となった幸秀屋第一ビルにて、森美術館キュレーターの椿玲子、ATAMI ART GRANTディレクター冠那菜奈を交えてトークイベントを実施した。会期を終え、改めて百瀬の作品の誕生経緯を振り返りながら、都市での芸術祭経験の豊富な椿を迎え、熱海という特徴的な地域性とアートの接続点にも迫る回となった。

盲ろう者との鑑賞体験から着想を得た知覚への探求

ーーまず、《Melting Point》を構想されたきっかけを教えてください。(冠那菜奈、以下、冠)

百瀬文(以下、百瀬):展示会場から遠く離れた私の現在の体温をリアルタイムで計測し、同じ温度の白湯を鑑賞者の方に飲んでもらうというプランは、今回「ATAMI ART GRANT」への参加を決める前から頭の中にあった構想でした。

よりそのプランを具体的に進めることになったきっかけは、滋賀県立美術館で、盲ろう者の方との美術鑑賞ワークショップに参加したことです。そのワークショップでは普段なかなかできない「作品に触れる」という行為を通じた鑑賞のあり方を提供していました。私は過去に《聞こえない木下さんに聞いたいくつかのこと》という作品で、耳の聞こえない方との対話を通じた作品制作を行った経験はあるのですが、はじめて視覚や聴覚に依らない鑑賞体験の可能性を間近で体験しました。

椿玲子(以下、椿):視覚や聴覚以外に鑑賞体験として与え得る知覚には、匂いや皮膚への触覚なども挙げられます。その中でも白湯の温度でアプローチする身体の内部の知覚に着目されたのはなぜですか?

百瀬:ワークショップを機に、体にはまだ未知の鑑賞器官があるということを実感して、肌の表面だけでなく、もっと深い部分では、身体の輪郭が溶け合うようなある種の親密さと気まずさが生じうるのではないかと感じました。安らぎと嫌悪感という、相反する感覚を呼び起こすことができたら面白いのではないかと思いました。

また、触覚・接触という概念に、コロナ禍における問題が想起させられました。正常か否かを何で判断するかという、個人の尺度を浮き彫りにする出来事だったと思います。接触が禁じられた世界観において、最も影響を受けた存在が盲ろう者の方々だったのではないかと考えたんですね。肌を介さずに、他者の体に触れることは可能なのか。鑑賞体験の中で、他者との境目がわからなくなっていくという状態を作りたかったんです。水分を抱えた袋としてある身体に対して、その輪郭をはっきりさせるのではなく、その内部で起こる事象によって不明瞭にさせていくということに興味があります。

口という器官が伝える他者の存在としての温度

《Melting Point》撮影:鈴木竜一朗

ーー椿さんも百瀬さんの作品を鑑賞されたそうですが、実際に体感してみていかがでしたか?(冠)

椿:まず、ビルの扉を開けると突然お洒落で洗練された空間が広がっているのが印象的でした。

作品を体験したときに、バーカウンターの中にいた人から聞いた、会期中に百瀬さんが風邪をひいてしまって熱が出ていた日に白湯の温度もいつもよりも高くなったというエピソードが面白かったです。白湯を飲むことによって、百瀬さんの存在を身体の内部で感じるという体験はどこかエロティックですよね。食べる・飲むという行為には元々そういった要素が含まれていると思いますし、この空間だからこそ引き立っているように感じられました。生々しさが浮き彫りになるというか。

百瀬:このような空間だからこそ、身体の内部で異物感が露わになっていくのを演出できると思いました。

椿:百瀬さんの過去の作品からは、より直接的に身体を感じることが多い印象がありますが、その傾向は《Melting Point》にも通ずるような気がします。

百瀬:そうですね。私は以前から「口」という器官に興味があるんです。話したり、食べたり、口づけを交わしたり…。口は外部と交渉する場所だと思います。そこから他人の体温を入れることで、最初は温かいけれど次第にぬるくなっていき、その過程で飲んだ人の身体も温められたり、体温が溶け合っていったりすることで他者の存在が消えていくような様相があります。

パフォーミングアーツの現場に倣う作品制作のプロセス

ーー今回は空間にも拘っていますよね。展示会場でもあり、本日のトーク会場でもあるこの幸秀屋第一ビルの1Fは、元々ガレージとして利用されていたスペースです。本来入口だった大きなシャッターも敢えて塞いで、作品への没入感を演出されています。(冠)

百瀬:今回の作品にはパフォーマンスアート的な部分があります。空間は入り口からカウンターに至るまで少し奥行きがあり、鑑賞者は奥へ誘われ、ある演劇の中に演者として参加を促されるような錯覚も覚えるかもしれません。

壁やカウンターの素材は漆喰で、肌のような少しザラザラとした質感や、水分を吸い込むとしっとりするのが特徴です。

椿:クリーム色のような温かい色味も、まるで体内を連想させるようなカラーですね。

《Melting Point》撮影:鈴木竜一朗

ーー百瀬さんは空間について、カウンターや椅子の高さひとつとっても、丁寧にチームとディスカッションをされていました。(冠)

百瀬:昨年は世界演劇祭ではじめて国際的な舞台でパフォーミングアーツの経験をしたのですが、(《鍼を打つ》シアターコモンズ’21と2023年の世界演劇祭への出展)そこでの制作過程が活きている気がします。演劇では美術の搬入と違って、劇場に入ってからの準備期間が比較的短く、その限られた時間の中で専門知が集合し、作家のディレクションだけでなく、演出については照明や音響のプロの意見をそのまま反映する場面も多々あります。それによってコンセプトが強く体現されるなど、自分の手を離すことによって、予想しなかった良い効果が作品に還元されることがありました。以前は全て自分でディレクションしていましたが、その環境を美術の現場にも持ち帰り、実践するようになりました。

今回、バーカウンターに立つパフォーマーの方々もチームの一員です。普段からパフォーマンスをされている方ではなく、熱海に住むATAMI ART GRANTチームの知人や周囲の方々の中から探しました。鑑賞者との関わり方の温度感が重要な作品なので、ロボットのようにふるまうのでもなく、しかしお客さんに寄り添いすぎても作品性が弱まってしまうので、その間の絶妙なトーンを探りました。会期中はパフォーマーの方が実際の鑑賞者の反応などをフィードバックしてくださったので、会期中にもアップデートを続けることができました。

多様に再解釈された歴史が混じり合う街・熱海

ーーここでATAMI ART GRANT全体へ話題を広げたいと思います。2023年のテーマは「巡 − Voyage ATAMI」で、会場を熱海市内のあらゆる場所へ拡大しました。おふたりから見ての感想を教えてください。(冠)

椿:元遊郭の建物を使ったみょうじなまえさんのインスタレーションや薬膳喫茶gekiyaku、ハーブガーデンのACAO FORESTなど、その場その場の雰囲気に合った展示内容があてがわれていて、熱海の街を楽しみながら巡ることができました。

百瀬:ホテル ニューアカオがメイン会場だった第1、2回目と今回では、全体の見え方が大きく異なるような気がします。今回は中心となる会場がなかったことで、展示があらゆる場所へ分散し、それぞれの作家が個々の空間の固有性に向き合う機会が増える環境だったと思います。

土地の特性でいうと、熱海には高低差を意識させられます。三次元的に空間を把握する必要があり、分散された会場間の道のりを身体的に体感する流れが鑑賞動線に含まれる。アクセスのしにくいビレッジを”メイン会場”と銘打っていたのも面白いです。導線の設計には今後も創意工夫が期待できると思います。

椿:熱海の街中には、所々にレトロな雰囲気がありますよね。10年ほど前と比べても新しい飲食店などが増えて、若い世代にも再解釈された文化がミックスしているように感じます。

ーーただかつての古い価値観を提供するのではなく、常に再解釈して表現する姿勢が見られます。街自体がエネルギーを持っていて、アーティストたちが住み、作り、観る人や買う人がいる、という循環をつくることがプロジェクトの大きな目標です。(冠)

地域芸術祭としての「ATAMI ART GRANT」今後の可能性

百瀬:「ATAMI ART GRANT」は作家を初心に帰らせてくれる芸術祭だと思います。私は今回書類を作って公募から参加したのですが、近年自分の活動として依頼を受けての個展やグループ展での発表が続いていたので、自分自身がプロポーザルを出すことで、自分の制作がどのような欲望に基づいているのかの勘所を取り戻すきっかけになるのではないかと思い、応募しました。

地域芸術祭においては、その土地の解釈と発信が先行して、アートが単なる表層的な広告のように機能してしまうこともあるという構造も危惧していますが、熱海は必ずしもそうではないという点が強みだと思います。また、普段ではなかなかレギュレーションによって難しいことも受け入れてくれるので、滋賀での体験から膨らんだアイデアも、ここでなら実現できるのではないかと思いました。

ーー2021年のGRANTスタート時は企画そのものの認知が及んでいなかったのですが、3年目にして第一線を走る作家さん達にもチャレンジの場として知っていただけるような存在に成長したことはとても嬉しいです。エネルギーを持った約50組が集い交流が生まれることで、私たちディレクター陣も作家の方々にとっても刺激になっています。(冠)

ーー都市の芸術祭を手掛けられている椿さんの視点から見て、熱海に感じる違いや良さはありますか?(冠)

椿:六本木でも、地域の人との取り組みがありますが、今や地域の住民の方にも美術の存在が普及していると思います。しかし、熱海の周りの方はまだここから美術の存在を認知する方がいて、その展示を目当てに外から来る人がたくさんいるということにも気付き始めている感じですよね?

先ほどの話でもあったように、猥雑な雰囲気と現代美術のアングラの要素が混じり合っているところに面白みがあるのが熱海という街だと思うので、その独自性を失わずに発展していってほしいです。

百瀬:清濁併せ呑む、いかがわしいものも排除しない、というような余白が熱海の魅力だと思いますし、その良さを多面的に伝えることがチャレンジングだと思います。外にひらかれていくことも重要ですが、その土地でしか感じることのできない“蠢き”のような空間のあり方を深掘りしていただきたいです。

ーー美術に限定せず、オルタナティブであるのが「ATAMI ART GRANT」の強みだと思います。熱海市内外双方への認知拡大を目指しながら、2024年度に予定しているテーマ「超 − Beyond ATAMI」では、さらに熱海の街に潜むカオスな魅力をアートで引き出していきたいと思います。本日はありがとうございました!(冠)

ライティング:須藤菜々美

ACAO SPA & RESORT、「ATAMI ART GRANT 2023」を⽀援

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